今川氏親記 特設ページ

紙が先に走る。刃はその後についてくる。

今川氏親(一四七一〜一五二六)は、駿河・遠江の戦国大名。五歳で父を失い、十年の潜伏を経て家督を奪還。東国最古の分国法「今川仮名目録」を制定し、守護大名を戦国大名へと転換させた。死の二ヶ月前、病床でその法を完成させた。義元が継いだ「今川」は、氏親が一から作ったものだった。

「今川氏親は、刀より先に紙を走らせた武将だ。」

法・制度・外交・文化——義元が動かした今川という国家は、氏親が一から組み上げたものだった。彼が目指したのは「天才がいなくても回る国」。強い国ではなく、壊れにくい国の設計図を、死の二ヶ月前まで書き続けた。

義元はその設計を、北条と戦うために書き換えた。正しい判断だった。そして義元が消えた瞬間、すべてが止まった。

設計者は、完成を見ない。

今川氏親記 小説年表

1471年 今川氏親 誕生
1476年 父・今川義忠討死
1487年 今川家家督継承(小鹿討伐)
1494年 遠江侵攻開始
1505年 三河・今橋城を、牧野古白築城させる。(のちの吉田城・豊橋市)
1508年 中御門家の姫と婚姻(のちの寿桂尼)
1508年 遠江守護を得て、二か国の守護となる。
1517年 曳馬城攻略。遠江平定
1518年 遠江検地
1520年代 東三河(今橋/吉田)方面で今川方の影響が再び強まる
     尾張・那古野城築城とされる
1526年 今川仮名目録 発行
1526年 今川氏親 死去
※本年表は小説・解説ページ用の略年表です。年次は通説・資料に基づきつつ、読みやすさのため簡略化しています(年が前後する可能性があります)。

応仁の乱が終わらぬ乱世。五歳の龍王丸は、父・義忠の討死によって今川家の家督を奪われた。後見人を名乗る父・義忠の従兄弟・小鹿範満が駿府を掌握し、龍王丸はただ、待つしかなかった。

十年。

少年は剣ではなく、紙と算盤と人の心を学んだ。そして十六歳、ついに範満を討ち、今川の座を取り戻す。

元服。新たな名は——氏親。

設計者の十年が、幕を開ける。

今川氏親記
第一巻 紙と刃の十年  Kindle版



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